【038】 唐 揚 げ 屋
  赤い電車が通過した。 遮断機が上がった踏切を渡った。 唐揚のにおいがぷーんと鼻を突く。 鶏肉屋からだ。 

  主婦が陳列ケースをのぞき込んでいた。 モモ肉、 手羽、 胸肉の生肉がならぶ。 唐揚を売る陳列ケースはない。 生肉を買えば、 その場で揚げてくれるからだ。 

「うちの父ちゃんには、 こっちの大き目のモモにするわ」
  主婦が指す。  「きょう入荷した、 いいピンク色の肉だ。 唐揚には最高だよ」

  鶏肉は時間が経つと白っぽくなるが、 ピンク色は新鮮な証拠だという。 店主がモモ肉を計量器にのせた。 すべてが量り売りだ。 

「私は否(い)いわ。 肉類をひかえなくちゃ」
「食べないと、 元気が出ないよ」
「このごろ、 ちょっと太りすぎだから」
「好きなものまで、 我慢することはないよ。 食べられるときが、 華だ」
「でも、 やめておくわ。 ちょっと酒屋さんまでいってくるから。 揚げておいてね」
「てらっしゃい」

 店主が200gの鶏肉に塩コショウを付けてから、 奥の若手職人に手渡す。 
 バンダナを巻いた若手職人が、 長箸を持ち、 油のなかで鶏肉を回転ダンスさせている。 昼間でも、 裸電球が煌々と灯るのは、 食用油の温度をみるためだろう。 年期が入った大鍋に、 新たに鶏肉が飛び入りした。 油が跳ねた。 じゅじゅと弾む音をひびく。 均一な温度で、 こんがり仕上がっていく。 
「できた?」
 酒を抱えた主婦が帰ってきた。 
「上手な時間に帰ってくるね。 ちょうど揚がるところだよ」
網の上に掬いあげられた唐揚は、 とてもいい色合いだ。 唐揚が昔ながらの竹皮に包まれてから、 主婦に手渡された。 


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