【050】 乾物屋の店番
  下町の仲見世の乾物屋さんは、 憩いの場だ。 店頭いっぱいの平台には乾物が並ぶ。 お客が来れば、 3人で『いらっしゃいませ』と声をかける。 

  ひとりが店主だ。 ほかの2人は「うちらは店番の手伝いだよ」という。 立ち寄る客はだれも高い安いなど価格はいわない。  「急がなければ、 話していきなさいよ」と、 見ず知らずの人をも店番仲間に誘い込む。 『うちはそろそろ帰るから、 こっちの椅子に座るといい』と場所を空けてくれる。
  それでいて、 3人の会話は続く。
  昔だったら、 うちら3人の別ピンさんが店番で座っていたら、 男は黙っていないよ。 下町の美女連と騒がれたものだからね。 街に活動映画が3軒あった頃はね、 映画のスチール写真の女優に似ているといわれたものだよ。 

  そういえば、 街角に映画のポスターが貼られていたころ、 夕方の仲見世は買い物客で肩がぶつからないと歩けなかった。 流行っていたね、 仲見世は。 このごろは通行人が少なくなったね、 半減以下だね。 
「仲見世が廃っているんじゃないよ。 少子化っていうんだって。 その影響よね。 うちは7人産んだけれどね。 あなたは?」
『2人よ』
「すすんでいるじゃないの。 少子化の先取りだね」
『あの頃は流行り物を着ていないと、 時代に遅れる気がしていた。 だから、 スタイルを気にして、 あまり産まなかった』
「上手いこというわね」
『ほんとうは2人目が難産でね。 産婆さんが、 母体が危ないから、 もう打ち止めがいいといったから。 うちの亭主は不満だったよ。 子煩悩だったからね』
 下町の乾物屋の店内では、 あけすけな楽しい語らいがつづく。 

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