【070】 修 理 工 場
 津々浦々には自動車の修理工場がある。 車が走るところには、 必ず痛々しい事故が発生する。 下町も例外ではない。 
 空地を利用した修理工場では、 油汚れの修理工が傷ついた車をなおす。 新車もあれば、 中古車もある。 フロントガラスの飛散、 バンパーの破損、 ボディーの傷など多種多様だ。 
 乗用車はアクセル一つ踏み込めば、 豹、 ピーターなどの野獣より速く走れる。 なおかつ長く距離が延びる。 
 天が人間に与えた平衡感覚、 スピード感覚となると、 人間が両足で走れる範囲までだ。 それを超えた速さになれば、 あらゆる感覚が狂い、 神経が高ぶる。 だから、 運転が粗雑になったり、 乱暴になったり、 疲労蓄積から運転中に眠ってしまったりする。 そして、 事故を起こす。 
 修理工場に、 またしても傷を持つ車がやってきた。 持主は工員に事故の状況を語る。 「後ろから追突された。 相手が前方不注意だから、 一方的に悪い。 こっちはまったく悪くない」と話す。 
(責任は相手だけとは、 本当だろうか?)
  車の事故となると、 人間はなぜ罪を素直に認めないのだろうか。 人柄のよい人でも、 きまって相手のドライバーに非があるという。 自責を語るひとは殆どいない。 どこまでも被害者だと強調するのだ。 まして、 謝罪のことばなど聞けない。 
 豹、 ピーターよりも俊足となる車は、 人間の良心まで奪うのかもしれない。 車よりも先に、 人間の心の修理工場が必要なのかもしれない。 

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