【099】 正   月
                                                                      

  正月風景は変わった。 街なかから、 伝統芸能の獅子舞などは消えてしまった。 和服姿の新年挨拶回りもほとんど見かけない。 土手や原っぱや空き地では、 子どもたちの凧揚げ、 独楽、 羽根突きの光景もない。 
  小家族、 核家族から、 家庭内での餅つきがなくなった。
 

  正月の光景がすっかり消えたわけではない。 除夜の鐘はいまなお深夜の空に響き渡る。 年が明けると、 下町の神社の境内から、 にぎやかな声が聞こえる。 初詣の境内で、 正月恒例の餅つき大会が行われているのだ。 
  終戦直後から、 約60年間つづいてきた。 途切れたことはない。 町内の長老すらも幼いころ、 境内の餅つきが楽しみだった、 大人から杵の持ち方を教わった、 と語る。 歳月の流れても、 境内の餅つき大会はつづく。 
  薪のストーブからの煙がたなびく。 二段の蒸篭(せいろ)からは湯気が立ちのぼる。 もち米の匂いが食欲を刺激する。 
  世話役が子どもに手を貸し、 一人ひとりに親切丁寧に教えている。 臼の餅が冷えてもよい。 杵を持つ体験が大切。 この子たちが大人になれば、 次の世代に教えるのだから。 
 

  中学生になると、 杵と臼との良い響きだ。 大人どうしは小気味よく、 リズミカルな音だ。 
  テントの下では、 婦人会の人たちが慣れた手つきで黄粉(きなこ)餅、 アンコ餅に仕上げている。 搗(つ)き立てだから、 格別うまい。 大人も子どもも食べ放題。 うどんも配られている。 寒空の下で、 からだが温まる。
 

  持ちつき大会は12月初旬、 除夜の鐘の直後、 1月初めの日曜日と3回行われている。  東京下町の住民には隣どうし横のつながりがある。 それが正月とか、 お祭りとか、 行事と伝統を守る根強さにつながっている。 ごく自然に『昔懐かしい』という下町の情緒に結びついているのだ。
 

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