【061】 焼  却  炉
  焼却炉の時代は終わってしまった。 俺はかつて赤い炎で、 町工場の廃材を威勢よく燃やしていた。 あの頃は重宝がられたし、 大切にされた。 俺の目の前には、 順番を待つ人たちの行列ができた。 
  俺は朝から晩まで、 いつも煙突からモクモクと黒い煙を吐いていた。 炉内は1000度の高温だ。 木材や紙だけでなく、 釘でも溶かす力があった。 自信に満ち溢れていた。 

  残材を燃やす俺の心は、 町を綺麗にする自負心で支えられていた。 大量のゴミを燃やし、 わずかな残滓(灰)にすれば、 東京湾の埋立地の負担が減る。 
『東京湾をゴミで埋めてしまうな』
  それが俺たち焼却炉仲間の合言葉だった。 
  ここ10年は様変わりしてきた。 塩化ビニールを燃やせば、 人体に悪い環境ホルモンのダイオキシンが出るといわれた。 肩身が狭くなりはじめた。 大気に悪影響があると、 悪者になりはじめた。 壊れても補修してくれなくなった。 
  CO2の規制で、 俺たちの出番がとうとうなくなってしまった。 空き地で、 俺は無用の長物となった。 
 
  いまでは誰ひとり炉まで足を向けてくれない。 俺は茂った雑草のなかで、 いまでも役立つ日を期待している。 でも、 本体の鉄板は錆びてくるし、 全身が老体化してきた。 
 
  いまの俺はタンポポたちに、 過去の栄華を語るだけだ。 

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