【068】 七   曲
 関東地方の川は秩父連峰、 丹沢連峰から流れてくる。 河口近くになると、 直線の形状で東京湾や相模湾に流れ込む。 
 一級河川の中川は葛飾の町なかに入ると、 とたんに曲がりくねる。 曲がりは一つや二つではない。 幾つも蛇行をくり返す。 そのうえ、 極度の鋭角で曲がる。 
 中川・七曲の朝は東京湾からかもめが飛来し、 鳴きながら、 群れて遊ぶ。 日中になると、 河船がエンジン音を響かせ、 橋下を潜り、 上り下りする。 日暮れになると、 茜色の夕焼け雲が川面に映る。 夜には河岸の灯火が揺らめく。 どの情景も良い絵になる。 
 「曲者・くせもの」といえば、 怪しげな者を意味する。 正体を見せず、 素顔を隠す。 中川の七曲には、 七つの曲者がいるのかもしれない。 

 古老に聞けば、 終戦の中川は堤防が決壊し、 ゼロメートル地帯の下町が広範囲に水没したという。 濁流が家屋に流れ込んだ。
 七曲はS字型の連続だ。 どこが陸地で、 どこから河川なのか、 境目がわからず、 怖かったという。 このとき、 濁流にのまれた町の交通機関は小舟だったと語る。 60年前の大都会、 東京の実話だ。 

 七曲はきょうも緩やかな表情で流れる。 河岸には大きなマンションが建ち、 川の情景が変わってきた。 七曲には七つの曲者が潜む。 次はどんな牙を向けてくるのだろうか。 

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