【067】 廃   墟
  廃れた工場を見るたびに、 「あの会社の社長さんは? どうしただろうね?」
  と老婆は孫の息子に話しかける。 
「うちらが若い頃は、 羽振りが良かったのに」
  中川沿いには染物工場、 ゴム工場が並んで、 町全体がことのほか活況だった。 だから、 駅前には花街もあった。 老婆はそんな時代を知る。 

  住いの窓を開けると、 繊維とゴムの臭いがぷーんとにおってきたものだ。 それで風向きがわかった。 異臭だと毛嫌いするのではなく、 景気のよさだと思っていた。 
  工場はやがて時代の荒波に乗り切れなくなった。 
  新製品が出回ると、 競争力を失い、 海外の製品が安価で入ってくるので、 なおさら斜陽化してきた。 給料に不満を持つ職工たちが一人ふたりと姿を消していった。 
「人間はいつしか老いてくる。 華やかだった会社もおなじよね。 若い働き手を失った工場は、 耐え切れず、 とうとう倒れてしまった」と話す。 

  歳月とともに、 建物の取り壊しで空き地になったり、 トタン屋根が錆びて風化したり。 以前の面影が消え、 町工場の町から、  住宅地に変貌していく。 どこか淋しいものがある。 
  過去から栄枯盛衰を語れるのは、 もはや老人のみだ。 

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