【073】 大    鍋
  駅舎の階段を下りきると、 徒歩3、4歩。 ハイジャンプでもとどく場所に、 流行る精肉店がある。 夕方になると、 買い物客が少なくとも10人前後が並ぶ。 揚げたて「コロッケ」を買うために待っている。 店員3人ばかりが忙しげなく働くが、 客は途切れることがない。 
  商店街の周辺には呑み屋、 食べ物屋、 食堂など行列する店は多い。 「コロッケ」を売る店では、 ここが最右翼だろう。 

  朝方はどこの店も準備中の札を吊るす。 精肉店の店員がヘルメットをかぶり、 店内から大鍋を運び出し、 原付バイクに積み込んでいた。 一言声をかけてから、 カメラを向けた。 
「なにを撮るんだ? おれか?」
  店員は怪訝な表情だった。 
「違う。 鍋だよ」
「これか」
  こんなものがめずらしいのか、 好きなように撮影しろ、 という態度だった。 

「ずいぶん大きい鍋だね。 どのくらい入るの? 何斗? 何キロ?」
「40キロだ」
「お米?」
「違う。 ジャガイモだ。 蒸すんだ」
  何もわかっていないな、 という表情で、 店員はこちらの顔をのぞき込んだ。 
(コロッケを売る店で、 ご飯は関係ないか)
  それは陳腐な質問だった。 
  揚げたて「ジャガイモ」に行列ができる理由がわかった。 原料のひき肉は精肉店として、 お手のもの。 挽(ひ)きたてで、 変色しない新鮮な材料が使える。 ジャガイモは大鍋で丹念に蒸す。 手の込んだコロッケとなると、 流行るわけだ。 

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