【074】   鯉
  中川に架かった奥戸大橋の上から、 淀んだ朝の川面を覗き込むと、 きまって全長1mほどある大きな鯉が泳ぐ。 30匹は下らないだろう。 いや、 50匹はいるだろう。 豪快な群れだ。 

  十数年前は、 中川にも鯉釣りの人がいた。 鯉は特殊な餌で釣る。 玄人肌の釣り人たちだった。 このごろはまったく見かけない。 皆無となった理由は簡単だ。 
  橋上から鯉に餌をやる人が多いからだ。 鯉に可愛がる人がいる側で、 それを釣り上げたならば、 動物保護団体と喧嘩するようなものだ。 

  欄干から人がのぞきこむと、 鯉が群れてやってくる。 水中からでも、 ひとの気配がわかるらしい。 餌を期待して、 その数がたちまち増えてくるのだから、 驚きだ。 
  生き物にはすべて生存競争がある。 橋上から鯉の愛好者が、 食パン耳のような餌を投げる。 途端にカモメや鳩がやってくる。 俊敏なカモメたちは空中で餌をついばむ。 水中の鯉は残念ながら、 ジャンプできない。 
  橋上にこぼれたパンくずは鳩が漁る。 

  橋上の鯉の愛好者は、 
「あんたたちに餌をやっているんじゃないわ」
   とカモメに怒りを向ける。 
  頭上で旋回するカモメは、 早く餌を投げろと、 群れて急かせる。 多めにばら撒くと、 川面に餌が届く。 すると、 数多くの鯉とカモメの口ばしとが競う。 凄まじい争いだ。 

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