【076】 夜  の  川
  夏の夜は橋の上で、 涼味を取る。 団扇も扇子も要らない、 心地よい風が吹き抜けていく橋の欄干に顎をつけて、 川面の光の戯れを眺める。 情感あふれるものがある。 
  夜の川にはなぜか深遠な世界がある。 黒く磨かれた川面に、 総合グランドの強い光の柱が伸びてくる。 さざ波と戯れているのだろう、 反射光が神秘に艶かしく揺れる。 

  闇色の土手では、 子どもらが花火遊びする。 突如として、 小さな閃光がしゅるる、 シュルルと夜空に向かう。 ぱっと炸裂し、 川面で花咲いて消える。 しばらく間合いがあった。 赤い火花の花火がまたしてもシュルル、 しゅるる、 と勢い上昇する。 パンーんと闇夜のなかでひびく。 花の文様が川面に映る。 一瞬の開花だった。 

  橋下からふいに運搬船が現れた。 甲板には船頭がひとり立つ。 川船は低速だが、 力強いエンジン音を響かせ、 懸命に重い積み荷を運ぶ。 東京湾のどこか船着場に行くのだろうか。 赤と青の船灯が下流に向けてだんだん細くなる。 
  モーターボートの船灯が上ってきた。 こちらの甲板には6、 7人の若者が乗っていた。 おおかた台場の花火でも観た、 納涼帰りだろう。 勢いよく橋の下を潜った。 

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