【075】 太    陽
  朝の陽がかなたの水平の雲帯を燃やす。 下町の神社の境内が明るくなってきた。 掃き掃除をする人、 境内を通勤の道にする人。 それぞれが声をかけていく。 

  太陽が境内の樹木の枝葉に絡みながら、 強い彩色で昇ってくる。 射す陽光は眩しく、 威厳に満ちていた。 ご来光の太陽、 輝く太陽、 だれもが素直に手を合わせる。 
  太陽は躍動とか、 明るさとか、 明日への期待とか、 さまざまな祈りと結びつく。 万物共通のものを感じる。 古代人の遺跡を発掘すれば、 「太陽」が何らかの形で描かれたり、 信仰のシンボルとなったりしている。 
  あらゆる生物の生命の源。 それなのに、 太陽はわずか一つ。 太陽を中核におく宗教は世界中に無数ある。 太陽を否定した宗教は聞かない。 
  民族の数以上、 人間の心の数だけ、 宗教があるかも知れない。 他方で、 宗教にはつねに対立がつきまとう。 一つの太陽を独り占めにできないのに、 宗教戦争まで起きている。 そんな想いにとらわれる。 
  太陽が神社の森を越えてしまう。 下町っ子の心は雑然とした街の日常生活にもどっていく。 太陽とか宗教とかの存在すらも忘れてしまう。 
  燃える夕日が境内のかなたで燃えるころ、 下町っ子はふたたび太陽を意識する。 手を合わせなくても、 心のなかで、 「太陽」をむかって祈っている。 だれもが明日も輝いてほしいと願いながら。 

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