【093】 風  見  鶏
                                                                      

  屋根の上に立つ「ぼく」は風向計の風見鶏なんだ。 ある人は「ぼく」のことを魔除けだという。 別の人は、 いつも前向きで雄雄しい姿だと誉めてくれる。 
  なかには口の悪いのがいる。 「ぼく」のことを優柔不断だ、 下町の日和見主義だと陰口を叩くんだ。 決して、 そんな弱い鶏じゃないぞ。 
  春の嵐が砂塵を巻き上げても、 「ぼく」は強い風に立ち向かっている。 真夏は暑い南風だ。 直射日光で、 屋根が焼けても、 汗だくでじっと耐えている。 それは半端な我慢じゃない。 優柔不断な鶏じゃないぞ。 
  秋の台風はもう死に物狂いで、 暴風雨との闘いだ。 台風が過ぎた後の夜とか、 秋の十五夜などはとてもいい情緒の月景色になるなんだ。 
  冬は冷たい木枯らしだ。 それでも、 「ぼく」はぜったい北風から顔をそらさない。 日和見主義じゃないと、 胸を張った姿をみせているんだ。 
 

  晴れた穏やかな日は、 東京下町の遠景が楽しめるから、 紹介しておくね。
  春は東風だから、 風上には筑波山だ。 関東平野のなかに突出した単独峰だから一目でわかる。 双耳峰だから、 かたちはとても好いんだ。 
  夏は南風だから、 「ぼく」の顔はたいがい東京湾を眺めている。 大型タンカーや豪華客船が航行している。 小型船が行き来している。 よく衝突しないね。 
  秋は西風だから、 丹沢山塊のうえに富士山が屹立する。 勇ましさとやさしさがあるね。 雨上がりは、 それこそばっちり富士山が見える。 
  冬は北風だから、 「ぼく」は奥多摩や秩父の連山を見ていることが多い。 時々、 雪化粧しているよ。 
  「ぼく」は風見鶏として、 下町の四季の風を感じているんだ。
 

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